北京五輪で、エース上野由岐子 は、豆をつびしながら 完投し
日本女子ソフトボールチームに悲願の優勝をもたらしました。
日本が米国を3−1で降し、金メダルを獲得
アトランタオリンピック以来 表彰台を独占してきたアメリカにとって
4連覇がかかった試合でした。対戦相手は、アトランタオリンピックで4位
シドニーで銀メダル アテネオリンピック で 銅メダルを獲得していた日本。
アトランタ五輪 以降 正式種目になった ソフトボール、
ロンドンオリンピックでは 行われないため 最後の五輪 で
アメリカが有終の美を飾るのかと思いきや!!日本が頑張りました!!
球技において 日本チームが 表彰台の頂点にたつのは、
1976年モントリオール五輪バレーボール女子以来、32年ぶりの快挙で
ロンドンでは 正式種目除外が決まったソフトボール 最後のオリンピック
で 最後の チャンスを 手に入れたのでした。
それにしても 上野由岐子 かっこい〜。从*^ω^*从
試合前に豆をつぶしていながらの完投には 鬼気迫るものを感じました。
日本に金メダルを もたらした最大の 貢献者上野由岐子、
「どんな状況に立たされるか考えて悩むより、
何かが起きたときにどう対応できるかを大切にしている」。
8月21日の95球を含め、2日間で413球を投げ抜く
闘志にも 頭が下がります。
上野由岐子は、世界最速119キロの豪速球を持ちながら
シドニーでは 故障のため 出場できず
(シドニーオリンピックでは アメリカにサヨナラ負け)
前回 アトランタでも 今一歩のところで
優勝を手に入れることが出来ませんでした。
もしかして 女子ソフトボールで金メダル 取れるかも!?と期待しながら
男子の野球に注目していました・・男子の野球に比べると
若干 注目度が 低かった 女子ソフトボール。
だけど・・・金メダルを 取るとは!!取ってくれるとは!!
テレビで観戦していた人は 興奮したでしょうね。
女子の球技だけに 映画のようなシーンも 随所に見られました。
日本は、最後のチャンスで 栄光を刻むことが出来たけど
ロンドンで ソフトボールの試合が開催されないのは残念だな。
両親が見守る中 マウンドに立ったエース 上野
満塁のピンチを迎えるものの 上野 の 踏ん張りで 無失点。
それに答えるように 主将 山田恵里 の 一振り!!
ゲームの主導権を 握った日本。
雨のため ゲームが中断し 再びピンチに陥った日本は、
米国 4番 バストス に 豪快な一発を浴び・・1点差に。
試合終盤を迎え 一打逆転のチャンスを日本は 確実にものにしました。
3対1のリードで 迎えた 最終回裏 アメリカからの
執拗な攻撃に 最後は 執念の守備。
そして 最後は 広瀬芽( めぐ)が 飛びついて ボールをとり決めた・・
実況席で解説を担当していた 宇津木妙子も うれしくて
鼻をすすらせながら 声をつまらせていました。从つд`*从
上野由岐子 は元代表監督 宇津木妙子・ルネサス高崎総監督(55)に
「監督 全身 筋肉痛 ボロボロ」と訴えながらも
チームメイトの前では 決して 弱音を見せなかったようです。
最後の五輪でエースの重圧から解き放たれたのは、
並外れた努力あってのこと・・

ソフトボール 大特集
▽上野は精神力で投げきった。
私が果たせなかった金メダル獲得の夢を託していたが、
かなえてくれて「ありがとう」と言いたい。
ソフトボールは次の五輪でなくなるが、今大会で日本中の子供たちに
感動と勇気を伝えられた。次につなげられたと思う。
上野由岐子は、「自分ひとりで 金メダルを とれたわけではない
自分を信じて 仲間を信じて 本当にたくさんの仲間に感謝したい。
マウンドで鳥肌が立った。
最後まで投げさせてもらって満足です。まだまだ投げられる感覚があった。
コンディション作りはうまくいった。
六回(満塁)のピンチはホームランを打たれないことだけを考えた」
色紙には、守りは最大の攻撃・・と記した 上野由岐子
チームの皆が 勝ち取ったのは 信頼と絆・・
テレビ観戦しながら 感動で 涙が出てきました。从つд`*从
上野由岐子は、小学校3年生からソフトボールを始め、ピッチャーとして活躍。
柏原中学 九州女子高等学校時代から国内大会で活躍しており
原点を作ったとも言う 九州女子高等学校の恩師 平島廣昭 監督(先生)
平島監督と 指導を共にしていたのが 粂本健 (くめもと)さんは、
上野 に ダイナミックに 体を真横に開いて 投げるフォーム が 出来た!と
今は 亡き 平島監督(先生)が電話をかけてきた エピソードを語りました。
真横に開いて投げる 上野 の フォームが 世界最速 の
剛速球をうみ 以来 急成長を遂げました。
その才能は シドニーオリンピック候補に挙がるほど・・
シドニー五輪は、腰椎の骨折で断念し
2001年に高校を卒業後 ルネサス高崎女子ソフトボール部に入部。
実業団入りと同時に代表チームに決まりエースとしても活躍
才能が 最大限に 開花したのが、北京オリンピックのマウンドでした。
得意とするのストレートで 最高時速119kmを記録を持ち この速度は
野球での体感速度160〜170kmに匹敵すると言われています。
上野 はストレートに加え シュート系やスライダー系の変化球に磨きをかけてきました。
北京で着用する日本代表の新ユニホームを ベルトのないズボンに変更したのは
上野 の要望だったようで 変化球を投げる時に
腕が当たるのを防ぐためだったと言います。
エースピッチャーとして 華々しく 活躍した ソフトボール
日本代表の上野ですが 試合終了後 高々と天に向かい 1番の
のポーズを決める メンバーたち 全員
鉄の結束力があっての優勝でした。
悲願の金メダルを獲得した上野由岐子は、お父さんと固く 抱き合い
お母さんは「泣いたやろ。やっと泣けたね」と娘の苦労をねぎらっていました。
母の京都さんは、「私たちの金メダルは 由岐子 」と 告げると
娘 の 由岐子 も 「うれしかったのは 金メダルが 欲しくて
ソフトボールをはじめたようなものだから やっと たどり着いた」と静かに
喜びをかみしめ 夢の舞台を後にしました。
ソフトボール の正式種目 から いったんは 消えますが
印象的だったのは、ホームに スパイクを置いて帰った
アメリカの選手・・

(黄色のボールで2016を描き 日本、アメリカ、オーストラリアの選手が
一緒に写真におさまるハプニング・・ソフトボールは ロンドン五輪で正式種目から
外れますが 2016年五輪には復活させたいとの願いは 3国共通)
そして 金銀銅 の3チームが 黄色いボールで 2016
を 記したこと・・バック・ソフトボール 2016年には
再び ソフトボールを 正式 種目に加えて欲しい・・
選手の願いが 叶うと良いですね。
アメリカは、日本にリベンジする機会が 訪れることを熱望しています。
▽上野由岐子 金メダル 北京五輪 ソフトボール女子 優勝 のキーワード
▽次の記事、前の記事
当サイトのRSS
新着アイテム
ジャンル
Copyright (C) 2008
by 気になる歌 と 歌詞